おまんまが食べたければ、まず働かなければ。1にバイト、2にバイト、恋愛ごとはそのずっと後。ってか、道明寺は遠い空の下だから仕方ないんだけれどね。ねっ道明寺、あたしはあたしらしくやっているから、あんたもしっかりやりなさいよ。
遠い異国の空とも繋がる青空は、何かを期待させる。
L o v e / L o v e
長引いたホームルーム後速攻ダッシュ。バイトなのよ、早出のシフト組んじゃったのよ。
「ま−き−のさん。」
こんな時に邪魔しないでよ。げっげ−、
「順平くん?!どうしちゃったのこんなところでアイドルなのに芸能人なのに、しかも英徳の中で。」
「僕まだ在籍してるよ。あんまりガッコ来てなかったけどね。
牧野さん今時間ある?」
「ないっつ−か、離して。バイトだし、あんたに係るとろくなことがないから。離せっつ−の。」
「あっ、そうそうバイトで思い出した。はい、バイト代。雑誌社の人から預かってきたんだった。渡す先わからなかったからってウチの事務所に来ていたんだっけ。領収書書いてね。」
茶封筒を受け取ると、団子屋のバイト代より多いような。全部千円札ってことはないよね。数えてみると1枚2枚・・・
「ちょっとこれ多くない。十万以上あるみたい。たかが2、3時間のことだったのよ。あたしが何時間働いたらこの金額になると思っているのよ。」
「うん、今回はちょっと色が付いているみたい。次回を期待してかな。編集部の人がね是非にって。もちろん事務所の人も乗り気だよ。このあいだのあいつの記者会見で駄目押しだったけど。今や時の人なんだね牧野さん。」
すっと横付けされた黒塗りのベンツ。この展開毎回毎回毎回毎回毎回ろくなことがない。平和な学生生活を送りたいのよ−。ほっといてよ−。ついでに道明寺−。
不思議な気分。雑誌をめくるたび笑顔のあたしに出会う。ポ−ズを決めて可笑しくもないくせに笑う。そりゃあたしだって女の子だもん憧れていたよ、こんな風にきらびやかな世界に。それが今じゃあたし自信が憧れの対象になるだなんて、世の中何か間違っている。あたしが言うのもなんだけどね。
「頭黒く染めてみました。可愛い弟役ってことで。」
「主役が何言ってんの。あたしはちょい役。順平あんたまたあたしを嵌めたでしょ。テレビなんて、しかも演技なんて出来るわけないでしょうが。
ちょっ、懐くな。」
「ウワサになったら困る?」
「あったりまえでしょが。うら若き乙女が人様のウワサになって喜ぶと思うか?」
「嘘つき。」
憮然とした表情で責めないで欲しい。
「知っている牧野さん、大女優にもなれば誰とだって結婚できるんだよ。王様だって大統領とだって、それこそ大金持ちだって。」
順平くんが言いたいことはわかっている。この仕事について3年、1年以上も前にあいつとは音信不通。前にも進めない、後退もできないあたしの恋。自然消滅ってこんな風なんだろうな。どこか他人事で冷めた感想。だめだ溜め息。
「恋愛ドラマですが、牧野さんはどんな恋愛をしたいですか?」
「恋人はいるよね−。」
ちゃちを入れた順平くんの一言で会場がどよめいた。なんだってあたしに話がくるのよ。正直に言ってもいいんだろうか?
「コイビトって言えるかどうか・・・。好きな人は今でもいます。」
事務所の人、特にマネ−ジャ−さんが慌ててばってんを出していた。でも、あたし正直でいたい。
「あたし結構しつこいみたいで忘れられないみたいです。」
「こんないい男が横にいるのにねっ。」
『弟のくせに』と付け加えた。役柄とリンクしていたせいか記者の人たちからは、それ以上の突っ込みはなかった。最悪な役、1話目で振られる。あたし自身のこととも取れる、別れを肯定されたようで悲しかった。この中で一人でも覚えている人がいるのだろうか、あいつが記者会見で言った
『迎えに来ます』
それがあたしだったってことを。
華やかにスポットライトの当たる場所に彼女はいた。セットの中にいるのは、背伸びして大人になろうとしている俺の知らない人みたいで。
「撮影現場とは始めて来ましたが、随分沢山の人が働いているものなんですね。」
「も申し訳ございません。このような雑然としたところに―――」
「構いませんよ。こちらも無理を通してしまったようで心苦しい限りです。会社とは関係なくプライベ−トなものでして。」
「プライ、ベ−トですか?」
大口スポンサ−様のお出ましに、テレビ会社のお偉方がこぞって群がってきやがた。めんどくせ−し、目立ってしょうがねぇ。
「えぇ、恋人がいまして、ほらすぐそこに。日本に戻りましたら一番に逢っておきたかったものですから。」
「うちの局にこんな大物と付き合って・・・。」
口を滑らせたおっさんは、慌てて取り繕ったが悪りぃな局の人間ではないんだよ。集中しているのか俺には一向に気付かない愛しいボケボケ女は、天井を睨みつけ『本番』の声に柔らかな微笑みに変わった。
ムカッ、俺以外にそんな顔見せるな、相手の男に触れるな触らせるな。仕事だ仕事だ好き好んでしているわけじゃないと言い訳して、そんな了見の狭い男じゃねぇと突っぱねたところで、胸のもやもやが晴れるわけでもなし。その俳優をぶっ飛ばして引きずって連れて帰りたいところをぐっと大人の対応こらえたが・・・。
ボケボケが気が付かない代わりにヤロ−の方が気付いたらしく、俺を見て笑いやがった。ぜって−俺を見て笑った。
「カット。順平、姉弟の役だからもっとソフトに抱きしめて。恋人は明日香ちゃんでしょ。はい、やり直しやり直し。」
「シスコンってのは?ね−姉ちゃん。」
「アホかボケ。離せっちゅ−ねん。」
俺に当て付けだ。赤くなる顔はそうですと肯定にもとれそうだぞ。
「あの二人付き合っているんでしょ。」
「うそ、だって私見たのよ。彼女他の男仲良さそうにと歩いていたの。いやん順平君まで毒牙にかかっちゃったの。」
ひそひそ噂話はどの国でも同じか、恋と悪口は欠かせない。あいつに限ってそんなわけあるか。あるわけね−だろが。
疲れた。役者さんって大変な仕事なのね。ナメテました申し訳ないです。もう絶対テレビ見て『大根』なんて言わないです、あたし大根以下でした。人が見ている中笑って泣いて演技したりできるなんてどうしてできるわけ?順平くんが天才に見えました今日は。緊張を解ぎほぐすようにおちゃらけて抱き寄せたり、反対に泣かなきゃ聞けない場面ではわざとあいつのこと思い出させて本気の涙を出させてくれた。止らなくなるほど。
『もし今あいつが迎えに来たらどうする?』
演技じゃなかった。
『殴り飛ばしてやる。』
笑顔のままぽたぽた涙が落ちたのが自然だって監督が言ってくれた。だって演技じゃないもの。本気の涙だった。
薄暗い控え室に戻っても気持ちの浮上は出来かねて、
「ばかみたい、あたし。」
「誰がバカだって。」
姿を確認するまもなく甘い香り、口を塞がれる。
「むぐっ――、うぐうぐうっ――。」
胸を2、3叩いて、腰を引き寄せられてキスが深くなる。見開いていた目はいつしか閉じられ、腕を伸ばし首に手を廻して逃がさないように、もっと深く求める。
「なんだよありゃ。」
口を拭うカッコがえっちくさくて似合わなくい、今までしていたことを反復されているようで恥ずかしい。それでもぼぉっとしながらも見惚れてしまう。廊下からわずかにもれる光からでも、やっぱりやつはカッコよかった。
「はっきり言えよ恋人だって。別に隠しているわけじゃねぇだろ、堂々と言えばいいじゃねぇか。」
芸能界という顔自慢の中に混じっても決して見劣りしないやつは、以前通り傲慢でムカツクくらい自信満々。1年以上ほったらかしで、あたしの心変わりを疑いすらしない。もちろんそんなことないのだけれど。
「どうみょうじ?道明寺、道明寺、道明寺。」
ずっと餓えていた、道明寺が不足して。癖のある頭を掻き抱いて、精一杯背伸びをした。息苦しいくらいに抱きしめられて眩暈さえおこしそう。どうしよう、道明寺でいっぱいになっちゃう。
「本当に道明寺?」
「あぁ、迎えに来た、っつ−か戻って来ちまった。お前、俺がいないときょときょとすっから危なっかし−んだよ。見張りをつけたつもりが、あいつ自身が狼じゃね−か。どいつもこいつも俺がいねぇとろくなことしねぇからな。
特にお前!」